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東京借地借家人新聞


2006年5月15日
第470号
 ■判例紹介

賃貸建物通常使用の損耗で原状回復
義務特約が成立しないとされた事例

 最高裁判例―賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負う旨の特約が成立していないとされた事例。

(事案の概要)
 賃貸人Yは地方住宅供給公社である。賃借人Xは平成一〇年二月にY住宅の一戸に入居し敷金三五万三七〇〇円を差し入れた。Xは平成一三年四月契約を解約して住宅を明渡したところ、Yは敷金から住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗についての補修費用を含む三〇万二五四七円(未返還分)を差し引き残額五万一一五三円のみを返還した。XはYに対し通常損耗は敷引きできないとして敷金の未返還分全部と遅延損害金の支払を求め本件訴えを提起した。Yは契約書に退去時の補修約定があり別表の補修負担区分表で通常の損耗も賃借人が補修するとの特約があるから敷引は有効であると争った。原審(大阪高裁)は、Yが主張した通常損耗の賃借人負担特約の効力を認めXの返還請求を棄却。Xが上告受理申立した。最高裁は逆転して特約の効力を否定し、大阪高裁判決を破棄し差戻した。(裁判所時報一四〇二号六頁、最高裁ホームページ)。

(判決)
「賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定され、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」とし、Yの契約書の通常損耗を含むとする補修特約について「通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえず、したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるを得ない」し、口頭での説明もないから、同特約の効力はない、とした。

(寸評)
 最高裁は通常損耗は賃料に含ませて回収すべきものであって、敷金から差し引くことは原則としてできない旨を明示した。賃借人が負担すべき範囲を明確に限定した画期的で正当な判決であり、最高裁判決であるだけにその価値は非常に大きい。

(弁護士 田見高秀)




更新で頑張った
豊島区要町の加藤さん

更新料の法的根拠を求めた
地主の弁護士は更新料の請求を断念

 豊島区要町に三十三・五坪の土地を借地している加藤さんは、昨年末で借地契約期間の二十年が満了し、更新を迎えた。十月頃に地主の代理人である弁護士から「近隣の相場である百三十六万円を支払うよう」請求された。
 加藤さんは、組合と相談し「更新料の法的根拠、金額の根拠」を示すよう回答した。法的根拠を示すことの出来ない弁護士は「前回、更新料を支払った。これは更新料支払いの同意と同じである」と主張した。これに対して、加藤さんは「前回の支払いは建替え承諾料で更新料ではない。又、前回支払っても、今回も同意したとはみなされないという裁判の判例もある」と回答した。相手側の弁護士は、返事が出来なくなり、この四月に「更新料の請求を断念した。新しい契約書を作成したいので検討してください」という文書を送ってきた。
 加藤さん「組合と相談したおかげで、一○○%満足の回答です。でも、新しい契約がどのようなものか組合と引き続き相談していきます」と語った。




底地を買取

大阪の地上げ屋との一年の
交渉で当初の40%弱で合意

武蔵野市

 本紙462号で紹介した大阪の地上げ屋を使った武蔵野市吉祥寺南町の地上げ事件は、今年4月に不動産会社の新地主との底地の買取交渉がまとまり、4月18日に土地売買契約を締結した。
 事の起こりは、昨年3月に突然地主が東京と大阪に事務所のある不動産会社「東京都市開発」に土地を売却、不動産会社は管理を大阪の地上げ屋に一任したことに始まる。
 借地人の村上さん宅に地上げ屋と新地主が現れ、今後の交渉は地上げ屋と行うように言われ、地代も毎月集金に来るという。地代の集金は地上げ屋の常套手段で、集金を断れない借地人にプレッシャーをかけるのが狙いだ。村上さんは気が動転し、食事も喉を通らない状態になった。
 やっとのことで組合に相談し、地上げ屋との交渉を組合に一任し、地代も5月分から組合に集金に来るよう組合から地上げ屋に連絡した。以来、地上げ屋は組合に地代を集金に来るようになり、村上さん宅には訪問しなくなった。
 地上げ屋は当初、村上さんが個人タクシーを営業しているとみて、銀行から融資を受けて底地を買い取ることは困難ではないかと借地権の売却を打診してきた。
 村上さんは、高齢で介護が必要な母親をかかえ、借地権の売却を拒否し、交渉はすすまないまま半年が経過。その後、話は一転し底地の買取について協議を続けた。当初高い金額を吹っかけてきたが、4割弱ダウンさせ路線価格で売却することで合意した。




二度目の明渡し

大田区

 大田区南蒲田2丁目木造モルタル二階建店舗兼共同住宅の内、南側階下店舗約24平方メートルを賃借して「はるこ」という飲食店を営んでいる持丸さんが、知人とともに深刻な顔で組合事務所を訪ねられた。
 取り壊し予定の建物を7年の期限限定で賃借したが、家主は建替えを取止めたので、引き続き借りてほしいと云われて、引き続き今後もお店をできると思ったのに、数ヶ月後に再び明渡しを求められての相談だった。契約書には期間限定でなく、更新料の記載はあっても金額は不記載であるが通常の内容。組合役員は契約書作成の不動産業者に連絡する。組合からの明渡しには無理があること、今後の交渉は組合が対応するとの通告を業者は家主に伝えたのか。早速組合に家主から電話で「よろしくお願いします」との挨拶後。交渉が進み更新料不払い家賃据え置き等、持丸さんの希望内容で期間満了の3月30日更新契約を締結した。気配りの店「はるこ」は今日も繁盛している。




新家主が不当な敷金の新規請求

台東区根岸

 台東区根岸の賃貸マンションに住む木田さんは、本年6月に通知書を受取った。それはマンションの所有者が交替し、賃貸契約を結び直したいというものであった。問題は、その際新たに家賃の2ヶ月分の敷金が必要であることだ。旧家主に差入れた敷金は返還される見込みが無いのに、いくら何でも理不尽な話である。そんな憤懣を他の居住者にぶつけている中で組合の存在を知り、相談した。
 組合は、次の様に説明した。「借地借家法」31条及び判例から敷金が現実に引継がれたかどうかに拘らず敷金は旧家主から新家主に当然に引継がれる。従って新たに敷金を支払う必要はない。新家主は従前の契約内容をそのまま承継するから、契約を結び直す必要もない。組合の説明を受け、マンション居住者は協力して新家主の新たな敷金要求に対してその不当性を追及し、撤回させることを確認した。




【借地借家相談室】

契約書には中途解約のことが何も
書かれてはいないが解約は可能なのか

(問)まだ1年程契約期間が残っているが、経済的理由から廃業する。だが契約書には中途解約に関する条項が何も書かれていない。貸主は残存期間家賃を全額払えば中途解約に応じると答えたが、家賃を払わないと中途解約出来ないのか。

(答)中途解約を禁止する特約がある場合は借主の利益を一方的に害する特約として消費者契約法10条に違反し、特約は無効になる。それにより借主からの中途解約は認められる。
 しかし中途解約について何も契約書に書かれていない場合はどうなるか。民法は、「期間の定めの無い契約」の場合、3ヵ月の解約予告で契約は終了すると規定する(民法617条)。また期間の定めのある契約で解約権の留保がある場合にも3ヶ月の予告期間で中途解約を認めている(民法618条)。期間の定めがある場合、当事者はその契約期間に拘束されることになり、特約が無い場合、中途解約は許されない。一方の当事者は他の当事者に契約違反がない限り、一方的に借家契約を終了させることが出来ない。勿論、当事者が合意すれば中途解約は可能である。
 だが、最近は店舗が空いた場合、次の借り手が長期間決まらないことから貸主は契約の継続を望み、合意解約には応じない。その場合、契約期間が終了するまで契約は継続し、家賃の支払義務も当然終了しない。
 以上のことから期間の定めのある借家契約は、契約期間内では借主から解約の申入れが出来ないという結論になる。
 定期借家契約は原則として契約の中途解約を認めていない。しかし借地借家法38条5項では居住用に限られるが、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情がある場合は解約の申入れをすることができ、解約予告から1ヶ月で契約は終了すると規定されている。これは契約後の事情変更により契約の継続が困難になった場合にまで家賃の支払義務を負わせ続けるのは借主にとって過酷過ぎるということで契約上、特約が無くても強行規定で借主の中途解約を認めている。
 従って、相談者の場合も当事者の予測困難な事情の変化によって借家契約を継続することが著しく困難になった場合は「事情変更の法理」により解約が認められる可能性が高い。



毎月1回15日発行一部200円/昭和50年5月21日第三種郵便物認可


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