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東京借地借家人新聞


2006年3月15日
第468号

通常の損耗は貸主の負担(2)
最高裁が現状回復特約を制限

 国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によると、通常損耗の修復費用を借主に負担させる原状回復特約についての判例の動向は「賃貸物件の通常の使用による損耗、汚損はその家賃によってカバーされるべきで、その修繕等を賃借人の負担とすることは、賃借人に対し、目的物の善管注意義務等の法律上、社会通念上当然に発生する義務とは趣を異にする新たな義務を負担させるというべきである、特約条項が形式上あるにしても、契約の際その趣旨の説明がなされ、賃借人がこれを承諾したときでなければ、義務を負うものではないとするのが大半であり、特約の成立そのものが認められない事案が多い。」と解説されている。
 また、東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」は、退去時の修復費用に関して「賃貸住宅の契約においては、通常損耗や経年変化などの修繕費は、家賃に含まれるとされており、貸主が負担するのが原則です」と説明され、従来からの判例動向に基づいて 通常損耗の修復費用は貸主負担が原則であると解説している。
 最高裁判決(2005年12月16日)は、通常損耗の修復費用に関して「建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている」と指摘し、通常損耗の修復費用は家賃の中に含まれており、これらの費用は貸主負担が原則であることが確認された。
 この原則に反して通常損耗の修復費用を借主に負担させる原状回復特約は、家賃の二重取りであり、借主に「不当な負担」を課すものである。従って最高裁判決では、原状回復特約が認められる成立要件を厳しく制限し、「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」と判示した。最高裁は、それらの成立要件が認められない場合は通常損耗を含む原状回復義務を借主に負担させることが出来ないと判断した。
 最高裁判決は、このような厳しい成立要件の下でのみ特約の効力を承認したものであり、現実には通常損耗・自然損耗の修復費用を借主に負担させる不当な原状回復特約を排除することを意図していると見るべきである。




 ■判例紹介  

建物の使用貸借について借主の家族に使用借権の相続が認められた事例

 建物の使用貸借について貸主と借主の家族の間には貸主と借主本人との間と同様な人的関係があるとして使用借権の相続が認められた事例(東京高裁平成13・4・18判決、判例時報一七五四号)

(事案の概要と争点)
一、AはB夫婦の子供として育てられ、昭和26年Bが本件建物を建てた後も一時期を除いてB一家と同居していた(なおBの夫は昭和34年死亡)。AはY1と昭和45年結婚し、その頃からY1もその子Y2もA及びBと同居を始め、以後Aら一家は平成5年9月までの23年間Bと本件建物で同居して生活を共にしBの面倒を見てきた。
 Bはその後本件建物を出て娘のX1と同居するようになったが、Aら一家に本件建物の明渡しを求めることはなかった。
二、Bは平成8年に死亡、X1らが本件建物を相続した。Aは平成9年に死亡した。そこでX1らは本件建物の所有権に基いて、Aの死亡後も本件建物に居住し続けているY1Y2親子に対し、本件建物の明渡しを求めた。なお、Aからもその相続人Y1らからも、本件建物の所有者であるB又はその相続人X1らに対し家賃が支払われていたことはなかった。
三、Y 1ら親子は本件建物に居住し続けることができるか、又は、明渡さなければならないか、これが本件の争点である。

(判決要旨)
一、 建物所有者BとAとの法律関係
 AはB夫婦の実子同然に育てられてきたこと、AY1Y2ら一家は23年間Bと共同生活を送りBの面倒を見てきたこと、Bが家を出て同居が終わったあともBがAら一家に本件建物の明渡しを求めたことがないこと、などに鑑みれば、Bが家を出たころ、BとAとの間で黙示的に(暗黙のうちに)本件建物の使用貸借の合意が成立したものと解することができる。
二、 Y1らはAの権利を承継できるか
 民法599条は借主の死亡を使用貸借の終了原因としている。これは使用貸借関係が貸主(B)借主(A)の特別な人的関係に基礎を置くものであることに由来する。しかし、本件のようにBとAとの間に実親子同然の関係があり、BがAの家族と長年同居してきたような場合、BとAの家族との間には、BとA本人との間と同様の特別な人的関係があるというべきであるから、このような場合に民法599条は適用されないと解するのが相当である。
 そうするとYらはAの借主としての地位を相続により継承し、他方、X1らは貸主としての地位を相続により承継したことになる。よって、Y1らは明渡す必要はない。

(寸評)
 妥当な判決である。ABの関係が賃貸借ならこのような問題は生じない。なぜなら、Aの賃借権は配偶者Y1と子Y2に当然相続されるからである。
 本件は、貸主と借主の相続人との人的関係を基礎に民法599条の適用を否定したところに意義がある。【再録】

(弁護士 白石光征)




境界で頑張った
大田区西蒲田の鈴木さん
地主は一貫して非協力
あえて3年前の更新料や地代増額を請求

 大田区西蒲田6丁目の借地人の鈴木さんの相談は、隣地の建替えの工事で一部に境界杭がないことがわかり、地主に連絡しても協力が得られないということでした。弁護士のアドバイスを得て、法務局から地主が申請した地積測量図を取り寄せる。地主に当時の測量士を尋ねるが死去してると我関知せずの態度。組合の協力で測量士の生存を確認でき相談。測量は隣地の同一借地人に底地売買が目的でした。測量図を見て驚く19坪がが約2・4坪も狭くなっている。この事実を20数年も知らせなったのです。
 地主は測量士の説得で測量と境界杭入れには立会ったが、費用は負担しなかったのです。地主が責任を放棄したので、鈴木さんは面積減少の不満を押えて、権利を守るために杭を入れて境界問題はこの程解決しました。
 しかし、地主は3年前が更新であることを思い出したのか、更新料と地代の増額を不動産業者を介して請求。鈴木さんは更新料の不払いと、地主の不誠実な態度に厳しく対応する決意をしております。




高額更新料
家主の一方的な値上げと受領拒否に
対し供託で頑張る

豊島区

 豊島区南長崎で二軒長屋の店舗を借りて商売をしていた橋本さんと須永さんは昨年の年末に五年目の契約更新の時期を迎えた。二人とも、この不況の中で商売も大変で、売上も中々伸びないどころか後退している。本来ならば、賃料を下げてほしいと思いつつも、現行のままの条件で更新すると思っていた。
 その矢先の十二月に、家主が持ってきた更新に際しての通知書には「(1)賃料を現行の十二万円を十三万円に値上げする。(2)更新に際して更新料として新賃料の二カ月分を支払うこととする。(3)契約期間は三年間とする。」というものであった。
 「賃料を値下げしてほしいと思っていたのに値上げを通知され、その上、今まで支払っていなかった更新料まで請求され、期間も五年から三年契約に変更を要求されている」こんな理不尽なことが許されるのかと思って、知人に相談したところ、組合を紹介された。
 組合で、賃料の増減、契約内容の変更には双方の合意が必要なことを説明され、この時期に一方的な値上げは認められないとして、現行どおりの賃料を持参したところ家主は受取を拒否してきた。橋本さんは隣の須永さんも同じ通知書を受け取っていたので二人で組合に入会し、合意更新が出来ないならば、法定更新で、賃料の受取を拒否したので供託して頑張ることにした。二人とも「組合に入会したことで安心して対応できる。」と語った。




事故予測で明渡
杉並区

 杉並区桃井の青梅街道沿のビルを借りて音楽教室を営業している町田さんは、家主から昨年11月に突然建物の老朽化に伴い建替えを行うので今年の5月31日を以って賃貸借契約を終了するとの通知を受けた。
 町田さんは、以前も他の教室の明渡し問題で組合に相談にのってもらい解決した経験があるため、今年に入り相談に行った。
 組合を通じて明渡しの条件の提示を求めたところ、家主は2月に入り突然「お知らせ」の通知を各戸に配布した。
 「当ビルの建物及び設備の経年劣化が進み…6月以降当ビル内において事故が発生する恐れがありますが、万一事故が発生した場合にも、当ビルでは責任を負いかねますので、ご利用者の皆様に通知いたします」とのショッキングな内容。
 さらに、エレベーターの中や入口の傍に張り紙をした。町田さんは直ちに「営業妨害に当り極めて遺憾」と厳しく抗議し、直ちに協議に応じるよう要請した。




無断修繕をこじつけに明渡請求
台東区日本堤

 日本提で印刷業を営んでいる加藤さんは、木造2階建(約10坪)を借家している。建物は古いがその都度家主の承諾を受け、小まめに修理を重ね、我家同然の気持ちで程度良く維持している。
 建物を自己負担で修理をしていることもあって当然家賃は2万3000円と平均よりは安い。
 家主が亡くなって息子が引継ぐと直に、「建物が老朽化して危険だから明渡せ」とか、「無断大規模修繕を行ったので契約を解除するので建物を明渡せ」という言い掛かり的な理由で一方的な内容証明郵便を繰返し送りつけて来た。
 明渡しの意思もないので内容証明郵便は黙殺していた。だが余りにも執拗に送りつけて来るので昨年の3月以後、内容証明郵便の受け取りを拒否した。
 それ以後、内容証明郵便は来なくなった。




【借地借家相談室】

ピッキング被害を蒙ったが防止対策を怠った家主に賠償請求が出来るか

(問)家主はピッキングに遭い難い鍵に交換するなどの被害防止策を講じる義務を怠り、結果ピッキング盗難に遭ってしまった。家主に対してピッキング被害の賠償責任を問うことは出来ないだろうか。

(答)この質問と同様のピッキング被害についての賃貸人の管理義務責任が問われた裁判例がある。東京地裁平成14年8月26日の裁判である。
 裁判の内容は賃借人(貴金属商)が借りていた事務所に賊が侵入し、保管していた現金と宝石類が盗まれた。被害に遭った賃借人は、近隣ではピッキング被害が頻発していたのであるから、当然、ピッキング被害が発生していることを告知して防犯上の注意を喚起する義務及び、ピッキング被害に遭い難い鍵に交換して被害防止策を講じる義務を怠ったとして、賃貸人に債務不履行があり、その被害の賠償責任があるとして裁判に訴えた。
 裁判所は「賃貸人の負うべき本来的義務は、賃貸物件を使用、収益させる義務、賃貸物件の使用収益に必要な修繕を行う義務の外、担保責任及び費用償還義務であって賃借人の主張するような賃借人所有財産を盗難等から保護することを内容とする管理義務は、賃貸借契約から当然に導かれるものではなく、特約や信義則上の付随義務として認められる余地のものと解するのが相当である」として、その管理義務は個々の賃貸借契約の事情に応じて判断されるべきであるとしている。
 この裁判では(1)防犯については特段の合意がない(2)契約上盗難による損害は免責の対象になっている(3)事務所の扉はダブルロックであり、防犯効果は期待できること等から賃貸人は既存の鍵の維持管理すること以上にピッキング被害防止対策を講じ、或は窃盗被害を報告すべき義務を負っていたということは出来ないとして、債務不履行責任を否定した。
 しかし、(1)契約上防犯についての合意があり(2)盗難被害についての免責条項がなく(3)賃貸人はピッキングが頻発していることを知り、警察のピッキング対策の指導を受けていたにも拘らず対策を講じず、且つ賃借人から鍵の交換を請求され対処しなかったなどの事情があるケースでは、その被害の賠償責任を問える可能性はある。



毎月1回15日発行一部200円/昭和50年5月21日第三種郵便物認可


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