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東京借地借家人新聞


2006年2月15日
第467号

通常の損耗は貸主の負担
2005年12月16日最高裁判決

 建物賃貸借で普通に暮らしていて生じた床や壁の汚れ、傷等の所謂「通常損耗」を賃借人の費用負担で行なう「原状回復特約」が有効かどうかで争われた敷金返還請求訴訟で最高裁は、通常損耗の修繕費用を賃借人に負担させる特約は原則として許されないという画期的な判断を示した。
 最高裁の判決は、通常損耗に関して「建物の賃貸借においては賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行なわれている」と指摘し、通常損耗の修繕費用は家賃に含まれるという原則が確認された。
 この原則に反して、これらの修繕費用を賃借人に負担させる特約を「原状回復特約」という。賃借人にとっては、この特約は家賃の二重払いを強いるものであり、賃借人には不利益な特約と言える。
 最高裁は、この「原状回復特約」が認められる条件として「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸契約書では明らかではない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である」とされた。最高裁は、それらの条件が認められない場合は通常損耗を含む原状回復義務を賃借人に負担させることが出来ないという初判断を示した。
 これらに関しては従来からか下級審で通常損耗を含む明文化された「原状回復特約」が成立するためには、(1)客観的理由の存在が必要(2)特約による修繕義務を負うことを認識していること(3)義務負担の意思表示をしていること、以上の要件を具備し、自由意思に基づき契約をしたことが必要であるとしていた。このような意思表示論によって「特約」の成立に制約を設け、これらの要件を充たしていない場合は「特約」の有効性を否定し、その特約を無効とした。
 今回の最高裁の判決は、これら下級審の判例理論を追認したものであるが、更に特約の成立に厳しい制限を加えた例外的な基準を設け、不当な「原状回復特約」による費用負担から賃借人を幅広く救済する効果が期待される。




 ■判例紹介  

家賃減額を請求した場合に裁判確定
前の家賃額は従前と同額とした事例

 建物賃借人が賃料減額請求をした場合借地借家法三二条三項が定める「賃貸人が相当と認める額」の賃料支払請求権は、賃料減額の意思表示が到達した時点で当然に発生し、その額は特段の事情がない限り従前の賃料額と同額であるとされた事例(東京地裁平成一〇年五月二九日判決。判例タイムズ九九七号221頁)

(事案の概要)
 
賃貸人Xは、賃借人Yから賃料減額請求を受けたが、右減額請求後Yが減額後の賃料の支払いを継続したため、Yに対し従前の賃料額との差額賃料の支払いを求め本件訴えを提起した。これに対しYは、Xの請求は借地借家法三二条三項に定める賃貸人からの相当賃料の支払請求であるが、Xは本件訴訟に至るまで相当賃料の支払を求める意思表示をしていないから支払義務はないとして争った。

(判決)
 本判決は「賃料の減額に係る借地借家法三二条の趣旨は、賃料の減額請求がされた場合においては、減額の意思表示の到達時において賃料は適正額に当然に減額されたことになるが、右適正額への減額を正当とする裁判が確定するまでの間は賃貸人も右適正額を正確に知ることは困難であるから、裁判確定までの間は賃借人には『賃貸人が相当と認める額』の賃料支払義務があることとし、裁判確定後は既払額と適正額の差額のみならず年一割の割合による受領の時からの利息をも賃貸人が賃借人に返還しなければならないこととして、当事者間の均衡を図ったもの」とした上で「減額を正当とする裁判が確定するまでの『賃貸人が相当と認める額』の賃料支払請求権は、賃料増額請求がされた場合においては賃借人は格別の意思表示を要することなくその相当と認める額を支払えば足りるとされていることとの均衡を考慮すれば賃貸人の請求等の意思表示により発生する形成権ではなく、賃料減額の意思表示の到達時に当然に発生する権利であるとするのが相当である。また、右の『賃貸人が相当と認める額』は賃貸人が支払を求める具体的な額を賃借人に通知するとか、賃貸人が減額請求後において従前賃料に満たない額を格別の異議を述べないまま長期間受領し続けるなどの特段の事情のない限り、従前の賃料額と同額であると推定することが相当である」旨判示し、本件ではXがYの減額請求後直ちにこれを拒絶する回答をしているので右特段の事情はないとして、Xの請求を認容した。

(寸評)
 
賃料減額請求をした場合、従前の賃料額を支払うか減額後の賃料額を支払うかが常に問題となるが、家主に前者の請求権があることを認めたものである。本判決によれば、借家人が後者を選択した場合には賃料不払いで契約が解除される事態も発生する。減額請求後も賃料減額の判決があるまでは従前の賃料額を支払うのが無難である。【再録】

(弁護士 堀 敏明)




明渡で頑張った
文京区の樫山さんの借地
親の代から商いを続けてた
交渉で納得できる条件で合意して無事解決

 文京区で親の代から商売をしていた樫山さんは、昨年の夏頃に地主の代理人でマンション建設業者から更新を拒絶され、借地の明渡しを求められていた。借地借家人組合に更新料の問題で長年組合員だった樫山さんは直ちに組合に相談した。親の代から住んでいるものにとって明け渡しには到底応じられないとの返事をすることにした。その後、組合と相談しながら、何回かの話合いをマンション業者と行なってきた。その中で、マンション業者の代理人は、以下の条件を示してきた。(1)引き続き借地のままで住み続ける。(2)借地権と新しいマンションとの等価交換。(3)明渡しに応じるならば借地権分の金銭補償に応じる。
 樫山さんは親の代からの商売もあるが、自らの年齢も考慮し、明渡しに応じることにした。最初の金銭補償の話合いは双方隔たりがあったが、条件その他を組合の助言に基づいて行なう中で、樫山さんの希望する金額に近い補償を得ることが出来た。長年の組合員である樫山さんは「組合に入会していたおかげで最期まで自分の納得できる解決が出来ました。」と語った。




値上げ撤回
6軒の借家人に1月から3千円の
家賃の値上げを通告

台東区

 1月初旬、組合に相談の電話が入った。家主から6軒の借家人に対して、1月の家賃から1か月3000円の値上げを通告され困っているという内容である。過去、2年毎の値上げが繰返され、その都度、値上げを呑まされ続けており、借家人の意見は、これ以上値上げは呑めないということで全員一致している。だが、値上げ通告にどのように対処するか、借地借家人組合への加入に対しても、各人の意見は纏らない。
 そこで組合の説明会を開いてほしいということで、1月13日に会合を開き、借地借家人組合とはいかなることをするのかを説明した。加えて借地借家法の条文のコピーを配り、それを基にして、家賃値上げの対処方法、供託、調停等を解説した。
 組合に加入したいので、1月26日に再度会合を開きたいとの要請があった。会合で今後の行動の意見交換をし、1月31日に代表者3名と組合役員とで6軒分の家賃を纏めて家主の元へ持参すること、家主への対応は総て役員が行なうことを決めた。
 当日、家主に対して、6名が組合に加入したこと、交渉は組合を中心に行なうことを通告。今回の値上げは認められない。従って、今まで通りの家賃額で支払うので受領の有無を返答してもらいたいと告げると、家主は共同所有者に電話で相談するので待ってもらいたいと奥へ引込んだ。
 数分後、今回の値上げは撤回すると言い、今まで通りの金額で受領した。




地上げを断わる
武蔵野市

 本紙462号で紹介した武蔵野市吉祥寺南町の地上げ事件は、昨年3月に地主が不動産会社に土地を売却し、関西の地上げ業者を代理人に立て交渉が始まった。地上げ業者は東京と大阪を往復し、地代の集金に来るついでに交渉するやり方をとっている。
 借地人の村上さんは、交渉を組合に委任し、地上げ業者が昨年4月から集金に来るようになった。当初、村上さんはタクシー運転手であることから、借地権の売却を求めてきた。村上さんは、個人タクシーの営業の関係で遠くには移転できないことと、母親が介護を受けている状態で借地権の売却を拒否した。地代の集金は今年の1月まで続き、世間話をして帰るありさまで交渉は一向に進まず、地上げ業者は「こんなに長く集金に来るつもりはなかった」とぼやいていた。今年に入り担当者が変わり、底地を買取る方向で協議することになった。村上さんは買取れる条件でなければ拒否するつもりだ。




借家の柱に亀裂が入り
一級建築士に修繕調査
品川区

 品川区旗の台6丁目で家賃17万を支払って、一軒家を借りている三橋さんは、家の中の柱に亀裂が入り、家全体が傾いてきたので、家主に現場を見てもらった。
 修繕を請求したが、家主から何も応対がなく娘さんも傾いた家で暮らすことでノイローゼ気味になってしまい、どうしたらいいかと相談にきた。
 そこで、組合では建物の傾き度がどのようになっているか、どのような修繕が必要なのか調査をしてから、家主に修繕請求と交渉をした方がよいとアドバイスをして、ひとまず一級建築士を現場に派遣した。
 娘さんもやっと安心したと言っているが、家主とは数日内に交渉することができるとの報告があった。




修繕費の負担は10%が相当
杉並区今川

 杉並区今川でマンションを借りていた石垣信幸さんは退去後、家主から修繕費34万円を払えという請求を受けた。石垣さんの敷金は42万円。
 石垣さんは、一ヶ月間だけ友人から頼まれて猫を預かった。その時の、僅かなキズを拡大解釈した請求。石垣さんの交渉も決裂し、少額訴訟に。 東京簡裁の裁判長は「6年以上住んでいれば、減価償却を考え、請求額の10%だ」と裁判所の資料を見せながら家主を戒めた。その結果、33万9千円が返還されることになり、その日の内に返還された。




【借地借家相談室】

東京簡裁で消費者契約法で原状回復
特約が無効とされた借主勝訴の判決

(問)東京でも敷金返還請求裁判で自然損耗を含む原状回復特約は消費者契約法10条に違反し無効という判決があり、敷金全額が返還されたということですが、どんな内容の裁判だったのか。
(答)2005年11月29日の東京簡易裁判所の敷金返還裁判で自然損耗を含む原状回復を総て借主の費用負担で行わせる特約の有効性を争った訴訟で、その特約が消費者契約法10条に違反し無効とされた。そして貸主に対して敷金全額(13万6000円)の返還を命ずる判決があった。

 裁判の概要
 借主は貸主のA株式会社との間で平成8年3月、杉並のマンションの賃貸借契約を締結した。その後、2年毎の合意契約での更新を3回繰返し、平成16年3月1日に法定更新された。被告(新家主)は平成16年7月22日に所有権を取得し、賃貸人の地位を承継した。借主は平成16年9月23日に居室を明渡し、預け入れていた敷金13万6000円の返還を新家主に求めた。
 ところが、新家主は「原状回復特約」による修復費用が18万390円で、敷金から控除すると追加費用が発生するので、その分(4万4390円)を支払えと反訴請求をして来た。

 裁判の判断
 東京簡易裁判所は、「契約書第11条に『明渡しの時は、原状に復するものとし、又、借主は故意及び過失を問わず、本物件に損害を与えた場合は直ちに原状に復し、損害賠償の責に任ずるものとする』と合意されている」この合意は「自然損耗等についての原状回復費用も負担することを定めたものといえる」と自然損耗を含めた原状回復特約の成立を認定した。
 その上で「貸主において使用の対価である賃料を受領しながら、賃貸期間中の自然損耗等の原状回復費用を借主に負担させることは、借主に二重の負担を強いることになり、貸主に不当な利得を生じさせる一方、借主には不利益であり、信義則に反する」加えて「自然損耗等についての原状回復義務を借主が負担するとの合意部分は、民法の任意規定の適用による場合に比べ、借主の義務を加重し、信義則に反して借主の利益を一方的に害しており、消費者契約法10条に該当し、無効である」として東京簡裁は敷金の全額返還を命じた。



毎月1回15日発行一部200円/昭和50年5月21日第三種郵便物認可


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