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居住者が自殺した事実を告げずに行った賃貸借契約は告知義務違反

 賃貸建物内で居住者が自殺した事実を知っていながら故意に告げずに賃貸借契約を締結するのは賃借人に対する不法行為とし賃貸人に約一一四万円の賠償を命じた事例―大阪高裁平成26年9月18日判決・確定・判例時報2245号(平成27年3月11月号)。

1、事案の概要

 尼崎市にある8階建て・129戸のマンション。賃貸人甲は平成23年5月2日マンションの1戸(本件建物という)を競売で取得。直後、マンション元所有者の妻が部屋内で自殺しているのが発見。翌24年8月の前まで部屋に入居した者はなかった。賃借人乙は平成24年7月になって募集・契約を仲介業者に委託。甲は8月末本件建物につき乙と賃貸借契約を締結した。当時妊娠六か月の妻と共に居住するのが甲の目的であった。妻と共に八月末に甲が引越してきた日、同マンション居住の知人等から本件建物内で居住者が自殺した事のことを初めて知らされた。甲と妻は驚愕し、妻はパニック症状を呈して実家に戻り、甲も引越前に居住していたマンションに戻った。甲は9月20日付通知で賃貸借契約締結の為に出費した金員・引越代・慰謝料等の損害賠償の請求をした。乙は過去に居住者の自殺があったことを告げる義務があったことを否認して争い、甲は神戸地裁(尼崎支部)に提訴した。神戸地裁は原告(甲)勝訴の判決を言い渡し、被告(乙)がこれを不服として控訴し、本判決となった。

2、判決要旨

 「一般に、建物の賃貸借契約において、当該建物内で一年数か前に居住者が自殺者したとの事実があることは、当該建物を賃借してそこに居住することを実際上困難ならしめる可能性が高いものである。したがって、賃貸人は、信義則上、右事実を告知すべき義務があったというべき」「賃貸人が告知義務に違反して自殺の事実を告知しなかったことにより、賃借人は事実を知らずに賃貸借契約を締結し、賃貸保証料、礼金、賃料等を支払うとともに、引越をして本件建物に入居したことが認められ、このことは、故意によって甲の権利又は法律上保護される利益を侵害したもので、不法行為である」と乙の控訴を棄却し甲の損害賠償請求を認めた。

3、コメント

 本判決は、賃貸人が次の入居者に建物内で自殺者があった事実を故意に告げずそれを知らないまま入居した賃借人が損害賠償請求をした事案であり、賃貸人に信義則上の自殺事実の告知義務があると明示している点に意義がある。他に類似の判決は見当たらず、判例上やや珍しいケースに関する判決である。

(弁護士 田見高秀)